【レポート】
Rethinking Dopamine Neurons
Okihide Hikosaka 氏

グローバルCOE特別講演会
Rethinking Dopamine Neurons

Okihide Hikosaka 氏
(National Eye Institute, National Institutes of Health, U.S.A.)


 本講演では米国国立衛生研究所の主任研究員であり、玉川大学脳科学研究所の客員教授である彦坂興秀先生をお招きし、先生の研究室によって最近報告されたドーパミンニューロンに関する最新の知見についてご講演頂いた。

 ドーパミンは脳内における非常に多くの認知機能に対して重要な役割を果たす神経伝達物質であり、シナプス終末から(主に)ドーパミンを放出するドーパミンニューロンは主に中脳の腹側被蓋野(ventral tegmental area、 VTA)や黒質緻密部(substantia nigra pars compacta)等に存在する。ドーパミンニューロンは新奇で予想外の報酬に反応することから、報酬予測誤差を表現している可能性が示唆されており、このドーパミンニューロンの振る舞いを教師信号としたTD(temporal difference)学習の計算モデルが提案されるなど、大脳基底核の神経回路網における強化学習仮説の強い論拠となってきた。

 本講演で彦坂先生は、報酬価値の増加に伴い活動を上昇させ、逆に報酬価値の低い嫌悪性の刺激によって活動を低下させるようなタイプのドーパミンニューロンは一部に限られており、多くのドーパミンニューロンは嗜好性、嫌悪性の両刺激に対して反応を上昇させるという、単純な報酬(価値)予測信号仮説とは一致しない結果を示された。また従来ドーパミンニューロンには機能局在性は少ないと考えられてきたが、嫌悪性刺激(その予期も含む)に対して興奮性を示すものと抑制性を示すタイプの計測部位には偏りが確認されるなど、ドーパミンニューロンには動機づけの種類に応じた異なるグループが存在し、それぞれが異なるメカニズムによって信号を伝えている可能性を新たに指摘された。

 また、我々は一般的に将来起こり得る事象をできる限り早く認識したいという欲求を持っている。これらは食欲などの原始的な欲求と比較するとより認知的な欲求と言える。先生のグループが行った実験より、実際の報酬に先行してその報酬に関する情報を教える手掛かり(advanced information about upcoming rewards)をサルが選好し、ドーパミンニューロンも同じくそのような手掛かりの提示に対して興奮性の活動を示す実験結果が示された。このドーパミンニューロンの性質はreward-seekingと考えられていた従来の仮説をinformation-seekingを含む新しい枠組みで考えなおす必要性を示唆するものかもしれない。

 多くの研究者によってintensiveな研究が進められている印象が強かったドーパミンニューロンであるが、演題のとおりrethinkingが必要と思える意外な知見の連続で非常に刺激的な講演であった。ドーパミンニューロンの機能局在は先生が近年注目されているlateral habenulaの性質および線維投射ともconsistentであるとのことで、研究の連続性も大いに感じるところであった。彦坂先生のラボが行う実験は、いずれも非常に洗練されていてシンプルであることが印象的である。そうした実験デザインが非常にstraightforwardなデータ考察・結論につながっていくことを改めて強く認識させられた。

日時 2009(平成21)年8月4日(火)15:00~17:00
場所 玉川大学 研究・管理棟 210・211会議室
報告者 高橋 宗良(玉川大学脳科学研究所・ GCOE研究員)