本講演では、国立精神・神経センター神経研究所の横山修氏にニホンザルを対象としたメタ記憶研究について講演いただいた。メタ記憶とは自己の記憶内容に関する知識、つまりは、自分がなにを覚えているか、または覚えていないかなどの記憶状態の理解である。このような能力は効率的な学習を支えるだけではなく、様々な認知活動において重要な能力である。そのため、メタ記憶は近年では心理学、比較認知科学、神経科学、精神医学など多くの分野で注目されているテーマであるが、その検証は十分には行われていない。今回の講演では、はじめに、これまでのメタ記憶研究の背景やその重要性について説明いただき、その後、ニホンザルが課題中の自身の反応についてのメタ記憶をもつという興味深い研究成果についてお話しいただいた。
非言語のニホンザルがメタ記憶をもつかどうかを検討するには、実験的手続きの困難が伴うと考えられる。しかし、横山氏は以下の巧妙な行動実験によってその検討を可能にしている。はじめに、ニホンザルは遅延見本合わせ課題を行う。続いて、ニホンザルが、遅延見本合わせ課題における自身の選択が正しいかどうかを認識しているかが調べられた。この課題では、フィードバック(報酬またはタイムアウト)を得るための「フィードバック要求画像」へのリーチングが求められた。この課題から、フィードバック要求のリーチング運動の反応時間が遅延見本合わせ課題における誤試行よりも正試行において短いことが明らかとなった。この反応時間の違いは日間・日内の正答率の変動とは関係なく観察されたため、単にやる気がある試行で正解し同時に反応時間が短縮した結果ではないことが示唆された。また、特定の刺激との連合では説明できないことが示された。報酬またはタイムアウトは遅延見本合わせ課題の成績との間にのみ関連付けられていたため、この反応時間の違いは訓練によって強化されたものではない。このことから、ニホンザルが特別な訓練なしでメタ記憶を持つことが示唆された。さらに、ニホンザルが自身の反応の正しさに確信をもっているかどうかを直接調べるため、「正答の場合には多くの報酬を貰えるが誤答の場合には長いタイムアウトが与えられる画像」と「正答・誤答に関わらず必ず少ない報酬が貰える画像」のどちらかを選択させた。この場合、前者を選択した試行において後者を選択した試行よりも遅延見本合わせ課題での正答率が高いことが示された。また、この選択は特定の刺激との連合では説明できないことが確かめられた。これらの結果は、ニホンザルが自身の反応が正しいかどうかを評価し、その評価に応じて次の行動を決定している可能性を示唆するものである。
ヒト以外の動物が様々な学習を行うことは多くの研究から自明となっている。しかし、今回の講演は、ヒト以外の動物がどのような学習を達成するかだけではなく、学習に際して自身の知識内容をどのように認識しているのかという学習のプロセスについて調べることの重要性を再認識する機会となった。このような視点は、ヒトそしてヒト以外の動物の認知能力に関する体系的な理解を目指す上で、これからの研究にとって非常に有益なものであると思われる。
日時 | 2009(平成21)年3月6日(金)17:30~18:30 |
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場所 | 玉川大学 研究センター棟1Fセミナー室 |
報告者 | 村井 千寿子(玉川大学脳科学研究所・ 嘱託研究員) |