【レポート】 第2回 グローバルCOE特別講義

『<心-身体-脳>のダイナミクス〜選好意思決定を中心に』
下條 信輔 氏(カリフォルニア工科大学・教授)

 私たちは買い物をする時、意識的に好きなモノを吟味、選択していると感じる。このような選好性は、ヒトの社会生活や経済活動の根幹をなしており、近年のニューロエコノミクスを始めとした様々な神経科学の社会応用において、非常に注目されている。選好性には、本質的に「好き」だからという理由付けが必要であると思われるが、このような理由付けは本当に意識的に行っているのであろうか。例えば異性のパートナーを選ぶ際に、相手の価値や欠点を総合的に判断して「好き」を理由付けるケースはまれではないだろうか。

 下條信輔先生は、このような意識、無意識の選好性の研究分野において世界をリードする立場にあり、本特別講義において、選好する過程におけるヒトの心理的、身体的(眼球運動)応答についてわかりやすく説明された。始めに説明された実験では、2つの顔写真を表示し、魅力的と感じる方の顔を選ぶという検証実験について話された。選ぶ顔を決めたと思った瞬間にすぐにボタンを選ぶという実験設定により、選ぶ間際までは好きかどうかの「意識的な」決定はないと仮定する。実験の結果、ボタンを押す一秒前から、被験者の視線が選ぶ方の顔に極端に偏ってゆくと言うことを示された。このことは、意識的に好きな方を選ぶ前に、身体(眼球)が既に好きな方を選んでいることを示唆する。

 また最後の視点の定位反応が意識レベルの選好判断に必須であるとも考えられる。逆に言えば、"視点の定位反応を操作すると、その人の選好判断まで操作することができる"という大胆な仮説につながると考えられた先生は、次の検証実験について説明された。2つの顔の写真を異なる時間パソコンの画面に一枚ずつ表示し、一方を他方より長い時間表示して、最終的にどちらを好むかを調査された。その結果、より長く表示した写真について好きと判断する傾向が強くなることを紹介された。

 このような傾向は、心理学では単純接触効果と呼ばれ、同じコマーシャルを何度もみたり、テレビで同じ芸能人を何度も見ると、その商品や相手に好感をもつという効果に当てはまると説明された。さらに、写真を顔から風景に変えて、表示時間(回数)を変えて選好性を調べると、顔では表示時間の長いものを選ぶのに対し、風景では、新しく表示された写真を好むという結果が得られたことを紹介された。これらはヒトの選好性が親近性(何度も見たモノを好む)と新奇性(目新しいモノを好む)という2つの要素で制御されることを示している。総じて、意識的な「好き」という判断は、無意識的な親近性や新奇性に大きく影響されており、「好き」という理由付けは選好後に生じると言うことを示唆していると解説された。下條先生が講演の最後に話されていた、「好きという後付けの理由は大脳皮質の捏造したものにすぎない」というコメントが非常に印象的な講義であった。

日時 2009年3月9日(月)午後4時〜午後5時
場所 玉川大学 大学8号館 123教室
報告者 有村奈利子(玉川大学脳科学研究所・GCOE准教授)