新しい心の科学を構築する― 極めて高い目標設定で、挑戦的・意欲的な公開シンポジウムが、12月16日(日)に行われた。聴講しに行く身でありながら、自分ならばそんなテーマに耐えうる話題を提供することができるだろうかと想像してしまい、畏れにも似た身震いを感じた。しかし、シンポジウムのフライヤーに連なる演者の先生方の名前を見た瞬間、どんな話題が出てくるだろうかという期待感や、何かとても面白いことが始まりそうな予感に、気持ちが取って代わった。
第一に、社会性については自分も関心を持って研究を行なっている領域であるため、最も刺激を受けた内容であった。カリフォルニア工科大学の下條先生は、人同士のコミュニケーションについて、それぞれの身体運動や脳活動が潜在的に同期しているという、興味深い実験データを示されていた。この発表と対照的でありながらも相補的な重要性を持つと感じたのが、北海道大学の亀田先生の講演であった。こちらの講演では哲学者Rawlsの理論に端を発して、その理論に基づく人の行動を心理実験や脳活動で検証するというお話だった。自分自身の専門は神経心理学であるため、これまでに社会性に関する検討をしてきたとはいえ、"最大多数の最大幸福"とか、"正義"といった哲学的概念に根ざした実験パラダイムは考えたこともなかったし、社会学的な分野からそのようなアプローチが実際になされているとは思ってもみなかった。亀田先生が自身の研究スタイルをして「neuro social science」と称して、social neuroscienceと対比されたことは、言い得て妙であると思わず唸ってしまった。
第二に、意識に関する話題は、先に述べた社会性とともに、人を人たらしめるという意味で脳神経科学の中で最重要テーマであるといえるが、これについても斬新なパラダイムや意外性の高い結果が次々と報告されていた。ブラウン大学の渡邊先生のお話では、意識にのぼらない情報が学習されているという結果だけでも天地がひっくり返るような発見であるのに、その脳内機構についてまで検討が進んでいることに驚いた。生理学研究所の伊佐先生は盲視(見えないはずの刺激に対して反応ができるという現象)について、サルを対象としたデータで示していた。通常はヒトで報告されている盲視をサルで実験しているということで、現象論的な点だけでも相当以上に興味深い話題だが、「見えないはずなのに見えている」という、その内容や表象がどのようなものであるのかという点にまで至るような、深く鋭く切り込んでいく内容であった。
3点目に、方法論については、(すべての先生方に言えることだが)それぞれに独創的で巧みな手法を用いて心のメカニズムに切り込んでいたことが印象に残った。沖縄科学技術大学院大学の銅谷先生は、強化学習理論に基づいた緻密な計算理論で報酬学習に関するモデルや行動の説明を行なっていた。モデル化された理論に基づいて動くロボットが、さながら性格を持って動いているように見える様は、その理論の正しさがひと目で分かるようであった。その他にも、脳活動の同時計測により、その相関、調節、操作を目指していくという方向性は強い期待感を持って拝聴したし、一方でウイルスベクターのような、分子よりも小さいレベルで脳と心の関係を捉えていく手法の存在を知り、自分の思っている以上に心の科学が拡大していっていることを実感した。
今回のシンポジウムを聞き終えて感じたのは、心のメカニズムについて、様々な方向から様々な手法が駆使され、しかもそれぞれが非常に手堅くも奇抜な手法で迫っていっているということだった。それはあたかも、未だ不明な点が多い社会性や意識といった問題に対する"包囲網"が敷かれ、まさにこれから中心に攻め入ろうとする瞬間に立ち会ったような気持ちであった。
日時 | 2012年12月16日(日)13時〜18時 |
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場所 | 学術総合センター |
報告者 | 小早川睦貴(グローバルCOE研究員) |