【レポート】
『利他行動の発達とその認知基盤』高岸治人氏

グローバルCOE特別セミナー
『利他行動の発達とその認知基盤』

高岸治人氏
(東京大学大学院医学系研究科 こころの発達医学分野 日本学術振興会特別研究員PD)

本セミナーでは、東京大学大学院医学系研究科の高岸 治人氏にお越しいただき、「利他行動の発達とその認知基盤」というタイトルで講義をしていだいた。高岸氏は関西福祉科学大学で社会福祉を専攻し、北海道大学大学院に進まれ、山岸 俊男先生の元で社会心理学を学び博士号を取られた。現在日本学術振興会特別研究員として東京大学で研究を行なっている。過去には日本学術振興会の第1回育志賞(平成22年度)を受賞された。

講義では、高岸氏がこれまでに行なってきた子供に関する研究を中心に利他行動の発達とその認知基盤についてお話いただいた。まず、利他行動に関しての実際の例として、各種メディアで取り上げられたタイガーマスク現象や助け合いジャパンなどが紹介された。タイガーマスク現象では匿名の誰かが施設へランドセルなどのプレゼントをしたり、助け合いジャパンでは震災後に約100万人の人がボランティアに参加し瓦礫の撤去などの作業をしたことが例に挙げられた。次に動物では利他行動が見られるかの例が挙げられ、ヒト以外の霊長における社会性のこれまでの研究から、他者に対して利益を与えるような行動も見られるが、基本的には自分にコストがない限りにおいてのみでしか利他行動は見られないことが紹介された。

 ヒトは基本的に利他的であるか? という疑問に対して、高岸氏はキティ・ジェノヴィーズ事件を例に取り上げて、条件がある場合にのみヒトは利他的なのではないだろうかと仮定し、これを利他性を規定する要因とそれを支える認知的基盤の実験によってアプローチを試みていた。3~6歳の子供に10個のお菓子を分配させる実験を行った。ヒトの場合3~4歳だとほぼ独り占めをし、5~6歳の子供でも3割程度の子供が独り占めをする結果が得られていた。但し、戦略的に分配するような子供も見られた。逆に9個と1個の様に不公平な分配の拒否率は年を追う毎に低下が見られた。つまり、段々相手の行動を推測できるようになっているのではないか、と考察された。次にもう少し成長したヒトでは行動がどの様に変化するのかを示した実験が紹介された。「情けは人の為ならず」と言われるように、ヒトは自分の評判を落とすことを避けるように行動をする。例えば、看板などに目が描かれているだけで犯罪抑制やゴミ捨て防止に効果がある事が挙げられた。つまり、誰かが見ていると行動が変わることが知られており、これがいつ頃から見られるかを小学生の実験によって示していた。 お菓子を男女6人ずつの中で分配する様子が、他人に見られる場合と見られない場合での分配する実験では、小学校高学年(4年生くらい)になると半分に分配することが分かった。さらに、男の子は見ていないと他人にあげず、ヒトの目がある場合にはより沢山あげることが分かり、女の子では他人の目線によっては分け方に変わりが無いことが分かった。この結果から8歳~9歳で行動に大きな変化が見られていた。これが何故起こっているかを高岸氏は高次の心の理論から解釈をしていた。他者から見た自分(評判)の理解ができるようになり、6歳~9歳にかけて発達し、さらにこの年齢辺りから人間関係が複雑になってきているのではないかと報告していた。

最後に、高岸氏は現在脳の発達と利他性、脳形態と各部位の神経線維の発達と利他性について研究をしており、例えば自閉症スペクトラム障害と利他性を研究することによって、薬理効果の利用による症状の緩和ができないかなどについて試みている。今後の研究成果に期待が寄せられ、高岸氏のさらなる発展と成功を願う。

日時 2012年7月4日(水)16時00分~18時00分
場所 玉川大学 研究・管理棟 5階507室
報告者 上條 中庸(玉川大学脳情報研究科 博士課程後期2年)