【レポート】
「社会科学と脳科学」
山岸 俊男 氏 (北海道大学大学院文学研究科 教授)

   北海道大学大学院文学研究科より山岸俊男先生をお迎えした。山岸先生は北海道大学におけるグローバルCOEプログラム「心の社会性に関する教育研究拠点」の立ち上げ時の代表者(現在は亀田先生)であり、本学グローバルCOEプログラム「社会に生きる心の創成」のメンバーとも精力的に共同研究を進められている。今回の講義では二つのプログラムを結ぶ「社会科学と脳科学」というテーマでご講演をいただいた。

 山岸先生のご専門である社会科学とは、社会における規範・規則・常識などの「しがらみ」がどのように生みだされるのかを追究する学問である。社会集団はそれを構成する個々人の均衡のもとに成立する集団である。そのため、わずかな構成の違いによって、誰も望まないような性質をもった集団に収束してしまうことがあるという。たとえば、ある集団がいじめを容認する集団になるかどうかについて、いじめを許さない個人・見方がいればいじめを許さない個人という構成員のわずかな違いによって、集団全体の性質が大きく左右されることを分かりやすくお話しいただいた。この先生のお話から社会の方向性を決めるのは、神経科学で主に研究されている個人や集団の中身だけではなく、社会のありようそのものであるということが強く印象づけられた。

 また、個人の意思決定や行動選択についても、我々は一見合理性や社会的選好にもとづいているように考えがちだが、実際にはそれらでは到底説明することのできないアノマリーに満ちていることを指摘された。たとえば、金銭を2人で分配するゲーム(最後通牒ゲーム)において、ゲームの相手が分配率を決め、自分が分配を受け入れるかどうかを決めるという状況下では、相手にどんなに不公平な分配率を提示されても相手の提案を受け入れることが金銭を受け取るためには最も合理的な選択である。ところが、多くの人は、相手の取り分のほうが明らかに多い不公平な分配を提示されると、自分の取り分がすべて失われるとしても、相手に金銭を受け取らせないようにするために相手の提案を拒否する。さらに驚くべきことに、相手が金銭を持ち逃げした状態においても提案を拒否する率が高いということが報告された。これらの解釈にはまだ謎が多いが、このような公平性を意識する心が人間の社会性の根幹に関わっていることは間違いない。このような一見すると不合理な行動の背後にある神経メカニズムを探っていくことは社会のありようと個人の特性との関係性をつなぐ架け橋となるのではないかと考えた。

 私は発達心理学者としてこれまで個々の乳児の発達の軌跡を追うことに興味を持って研究してきた。今回の先生のご講演を聴いたことにより、私がこれまで行なってきたアプローチに加えて、乳児が育っていく社会のありようについてももっと思いを馳せたいという気持ちが強くなった。今後、北海道大学のGCOEと様々な面で交流することで、自分の研究の幅を広げていきたいと考えた。

日時 2010年11月26日(金) 午後3時30分~5時00分
場所 玉川大学 大学8号館 第2会議室
報告者 宮﨑美智子(玉川大学脳科学研究所・GCOE研究員)