【レポート】
Joint Tamagawa-Keio-Caltech Lecture Course
on Neuroeconomics vol.1

2010年度のレクチャーコースは、玉川大学と連携大学であるカリフォルニア工科大学および、今回は慶應義塾大学GCOEも加わり、9月8日から10日の3日間、慶應大学で開催された。本コースでは、「神経経済学」をテーマに、この分野で活躍する9名の先生方によるレクチャーが実施された。神経経済学とは、経済活動における意思決定の仕組みを脳がどのように機能してよりよい選択をしているか検証していくというものである。今回のレクチャーでは、行動学に近い領域からモレキュラーな領域まで、各領域で世界的に有名な先生方が招待されており、幅広い内容での講演プログラムとなっていた。

2日目には、National Institutes of Health (NIH)のBarry Richmond先生によるレクチャーが行われた。このセッションは、サルを使い、動機付け(motivation)の神経メカニズムを探るというものであった。タスクは、シンプルな赤と青のdiscriminationから成り、これが1から3トライアルで構成されるスケジュールが用意されている。そして、サルはどのスケジュールのどのトライアルを行っているかvisual cueによって知ることができる。すると、報酬がもらえるトライアルに近づくにしたがって正解率が上がるという結果になった。つまりサルは、報酬が出ないトライアルは価値が小さいと判断していることになる。また、報酬から同等なdistanceにあるトライアルであっても、今いるトライアルが全スケジュールのどの位置にあるかによってエラー率に違いが出るという面白い結果となっていた。では、報酬を予測するために脳ではどのようにこのvisual cueを使って学習しているのだろうか。Perirhinalニューロンでの応答を観測してみると、スケジュールステートによって異なった反応をしていることがわかった。そこで、rhinal cortexの破壊実験をしてみると、visual cueを学習することができなくなってしまった。rhinal cortexは視覚刺激との関係に重要な役割を果たしており、orbitofrontal cortexはoutcomeのvalueの学習に、lateral prefrontal cortexは判断が難しいときに深く関わっているとのお話であった。そして更に、モレキュラーな部分について見ていくと、代謝型受容体であるドーパミン受容体となるD2が重要な鍵となっているとのことだった。ドーパミンの効果については、さまざまな研究者によってもin vivo、in vitroにおいてモレキュラーレベルの研究が進んでいる。Richimond先生の研究によるモチベーションに基づく報酬を手がかりとする行動はD2受容体が関係するという発見は、モレキュラーレベルの研究においても重要なものとなっているのではないかと感じた。Richimond先生のセッションでは、脳の情報処理メカニズムを行動レベルからニューロンレベルまで幅広い領域を見ており、大変興味深いレクチャーであった。

初日に行われた3人の先生方によるレクチャーの後には、慶應大学と玉川大学の関係者を中心とした、約50名によるポスター発表が行われた。ここでは、今回のレクチャーコースのテーマである神経経済学に関するものから、神経細胞の分子レベルにおける生理実験までと、かなり幅広い分野での発表の場となっていた。そのため普段なかなか接することのできないポスター発表に触れることができ、有意義な時間を持つことができた。今回、レクチャーを聴くだけではなく自らの研究成果を発表する十分な時間が設けられていたため、さまざまな意見交換をすることや、アドバイスを受けることができた。貴重なご意見は今後研究を進めていく上で大いに参考になるものと感じている。

今回の3日間にわたるレクチャーコースは、神経経済学というテーマに基づいてはいるものの、幅広い領域をカバーしたレクチャーで構成されており、どの講義も興味深く聴くことができた。また、レセプションが催されており、著名な先生方やポスドク、学生との交流を持つことができ、国内にとどまらず海外での研究環境などについて聞く機会もあった。このようなコースの受講を通じて、研究に対するモチベーションを改めてあげることができ、とても有意義な3日間を過ごすことができた。

日時 2010年9月8日(水)~9月10日(金)
場所 慶應義塾大学三田校舎 東館6階 G-SEC Lab
報告者 杉崎 えり子(工学研究科脳情報専攻 博士課程2年)