本講演では、平田オリザ氏を玉川大学へ招待し、「演じる私」と題して1時間のご講演を行って頂いた。平田氏は日本を代表する劇作家、演出家であり、劇団青年団を主宰し、こまばアゴラ劇場の支配人を務める一方で現在、大阪大学コミュニケーションデザイン・センター教授を務める。また2009年、鳩山内閣の内閣官房参与に任命され、所信表明演説の草稿を執筆するなど、演劇のみならず教育や言語学など幅広い分野で活躍されている。
講演当日は大会議室にも関わらず会場は満席となり、大変な盛況ぶりであった。講演内容に関しては、一つ一つのトピックが平田氏の経験に基づくもので非常に説得力があり、会場からは終始笑いが起こっていた。我々聞き手を最後まで飽きさせず、トークにぐいぐいと引き込むその話術は、さすがはコミュニケーションのプロだと唸らせるものを感じた。平素、研究発表や講義を行う者として大変参考になった。
講演の前半は、身近なコミュニケーションの例として、列車や飛行機で他人と座席が隣になった場面を挙げ、実際に隣人と話をするか、自分から話しかけるかどうか、我々聴衆に問いかける形で始まった。そして平田氏自身の豊富な海外での活動の様子に触れられ、海外での外国人とのコミュニケーション、外国人相手の演劇などについて語られた。また、ユニークな教育活動として、普段演劇に馴染みのない医者や理系の研究者相手に演劇やコミュニケーションの指導を行っているというご自身の授業内容についても触れられた。科学者の卵達に演劇指導をする授業の中で、彼らはデザイナーと共同でホームページを作製するという場面に直面する。ところがデザイナーはアーティストであるから、科学者と言葉が通じずコミュニケーションが成り立たない。その時どうすれば言葉が通じるのか、デザイナーは何を考えているのか、大学院生のうちから知っておくのは非常に大きいと語られた。また医者の場合を例に挙げ、患者が医者に対して質問し易い椅子の配置になっているか、壁の色はどうか、受付から診察室までの間で患者を緊張させていないかなど、こういった問題をコミュニケーションに複合して考えるのがコミュニケーションデザインの考え方であると説明された。
コミュニケーションにおいて、「演じる」ということがとても重要であると語られた。コミュニケーションは、他者の心情を自分の経験と結び付けて共感することから始まると述べ、現代の若者は小さい頃からコミュニケーションの機会が少なく苦悩しており、演劇などを通して他者との共感を無意識に学ぶ必要があると語った。また演じるという側面から一人の人間を玉ねぎに例えて説明していたのが印象的であった。人間は、夫や妻、父親や母親、あるいは教師や芸術家として、など様々な役を演じて生きており、玉ねぎの皮のように一枚一枚演じた役を身にまとって一人の人間が出来ていると。
講演の後半は、大阪大学大学院教授の石黒浩氏とのコラボである「ロボット演劇」についてお話し下さった。石黒氏は近年「ジェミノイド」等、ロボット工学の分野で著名な研究者である。「ロボット演劇」は、「博覧会レベルの展示では、みんな関心はしてくれるけど感動はしない。感動できる芸術作品を作ろう」ということをモットーに企画された。内容的にはロボットが人間の生活に溶け込み一緒に日常生活をするという設定のもと、人間二人とロボット二体の会話のやり取りを描いた作品となっている。このプロジェクトは、発表段階で大きな反響を呼び、国内外の美術展や演劇祭などから多数のオファーを受けたそうだ。とりわけ観客に如何にリアルを感じてもらうかという部分にこだわり苦心した。その際、通常の演劇と同様、俳優との会話がキーポイントとなるが、違和感のないものにするために、ロボットの立ち位置は細かく指定され、動作はプロのパントマイム俳優や文楽人形師が振り付けを行い、セリフは平田氏がコンマ1秒単位で演出を行う徹底ぶりであった。実際の現場では、リアルさを生み出すために、工学的、あるいは認知心理学的アプローチなど様々な工夫がなされ大変時間がかかるものであったが、最終的に平田氏が「あと一秒、間をあけて」「35センチ右に」といった、立ち位置、動き、間などを細かい演出によって、俄然リアリティーが生み出され、生身の人間だけでなく、感情を持たないロボットをも役者に変えてしまった。その結果、感激して涙を流す観客もいたという。
このようなロボット演劇は、コミュニケーションの本質を我々に問いかける。つまり、人とロボットの円滑なコミュニケーションを考えることで、人と人とのコミュニケーションも浮き彫りにされ、またロボットがどこまで人間に近づけるのか、人間とは何か?という問題を我々に投げかけてくる。以上の平田氏の説明には強い感銘を受けた。内容的にも大変面白くかつ奥深いものがあり、あっという間に1時間の講演が終了した。
日時 | 2009年12月14日(月)16時00分~17時00分 |
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場所 | 玉川大学 大学研究室棟 B104会議室 |
報告者 | 井出 吉紀(玉川大学脳科学研究所・GCOE研究員) |