【レポート】 神経経済学の最前線を学ぶ
Joint Tamagawa-Keio-Caltech Lecture Course 2010 on Neuroeconomics vol.2

玉川大学と連携校であるカリフォルニア工科大学、さらに今回は慶應大学も加わり、2010年9月8日から10日にかけて大学ジョイントのレクチャーコースが開催されました。今年度は近年発展がめざましい「神経経済学」をテーマに、海外から9人の著名な研究者を迎えてレクチャーが行われました。

 初日の最初は、ケンタッキー大学のThomas Zentall先生による認知的不協和やギャンブル行動といった非合理行動に関するレクチャーが行われました。Zentall先生はハトを用いた行動実験を通して、ハトが報酬を得るためのつつき反応の回数が少ない方よりも、多い方を選択するようになることを示されました。この様な結果をヒトが示した場合、その行動は認知的不協和に起因すると考えられます。また、ギャンブル行動については、ヒトと同様に、ハトが複数回の試行を平均すると報酬の量が多くなる確率は高いが報酬の量が低い方よりも、確率は低いが報酬の量が多い方を選択するようになることを示されました。本レクチャーでは、単純化した実験室条件下で、動物がヒトに似た非合理行動を示すことが印象的でした。

 次に、ニューヨーク大学のElizabeth Phelps先生による感情や社会的文脈における意思決定に関するレクチャーが行われました。Phelps先生はヒトfMRI実験を通して研究を行っており、感情に関しては恐怖条件付けを、社会的文脈における意思決定に関してはオークションを想定した課題や相手を信頼して報酬を分けるか否かを選択する、信頼ゲームを課題として用いていました。これらの実験を通して、感情や社会的文脈における意思決定における扁桃体や線条体の関与を示されました。

 初日の最後はプログラムに変更があり、カリフォルニア工科大学のColin Camerer先生と交代でフランス国立科学センターのGiorgio Coricelli先生によるヒトの戦略的推論と戦略的不確実性に関するレクチャーとなりました。戦略的推論については、beauty contest gameを用いてfMRI実験を行い、さらにcognitive hierarchy modelから推論の程度を推定し、高レベルの推論には内側前頭前皮質の活動と相関があることを示されました。戦略的不確実性については、stag hunt gameやentry gameといったゲームや宝くじを用いてfMRI実験を行い、線条体や島皮質、外側眼窩前頭皮質の活動との関係を示されました。

 二日目の最初はNIHのBarry Richmond先生による、動機付けとカテゴリー化および汎化に関するレクチャーが行われました。動機付けの研究では、数回の試行を行った後に報酬を与えるスケジュール課題をサルに訓練し、各試行のエラー率に注目して行動を解析することで、動機付けを捉えていました。カテゴリー化および汎化については、犬と猫の写真を用意して、犬か猫かを弁別できるようにトレーニングした後に、新たに用意した犬と猫の写真を弁別できるかをテストすることで調べています。損傷実験を通して、外側前頭前皮質の損傷の影響を受けないことが示されました。動機付けの研究は私にとって特に興味深いものでした。2回目で報酬がもらえる場合の1回目と3回目で報酬がもらえる場合の2回目はともに報酬がもらえるまで残り2回で同じですが、エラー率が異なっていました。従来の強化学習モデルではどちらの場合でも価値は同じであり、エラー率とは一致しないからです。Richmond先生は修正モデルを提案し、そのモデルが行動結果をよく説明することを示されました。

 次に、Colin Camerer先生によるヒトのリスク選択に関するレクチャーが行われました。レクチャーでは、選択が参照点によって変わる、フレーミング効果や損失を利益より大きく評価する、損失回避についての解説が行われました。さらに、利得と損失が線条体にエンコードされていること、損失回避が偏桃体によって調整されていることを示されました。Camerer先生は神経経済学で世界をリードしており、本レクチャーは行動経済学から神経経済学への導入として、非常に勉強になりました。

 二日目の最後は、当初予定されていたスタンフォード大学のBrian Knutson先生のレクチャーがキャンセルとなり、代わりにカリフォルニア工科大学のShinsuke Shimojo先生によるレクチャーが行われました。レクチャーでは、gaze cascade効果に見られる選好決定過程といった意思決定に関する研究が紹介されました。

 最終日の最初は、ケンブリッジ大学のWolfram Schultz先生による、報酬予測とリスクの神経情報コーディングに関するレクチャーが行われました。報酬予測については、サルを用いた神経生理学実験から、報酬が確率的に与えられる不確実な環境で、眼窩前頭皮質および線条体の神経細胞、ドーパミン細胞の応答が報酬の確率の平均と分散(リスク)に順応することを示されました。リスクについては、サルの神経生理学実験からドーパミン細胞と眼窩前頭皮質の神経細胞がリスクに関する信号を送っていること、ヒトのfMRI実験から前頭前皮質がリスクに関する信号と報酬の主観的価値への影響に関与することを示されました。

 次に、エモリー大学のJames Rilling先生による、社会的意思決定、特に協力行動の神経基盤に関するレクチャーが行われました。Rilling先生は、囚人のジレンマや信頼ゲームといったゲーム理論の枠組みとfMRI実験を組み合わせて、社会的意思決定の神経基盤の研究を行っています。レクチャーの中では、信頼ゲームにおいて、眼窩前頭皮質損傷患者は互恵的な協力行動が減少することが示されました。さらに、オキシトシンやバソプレッシンといった神経ペプチドが協力行動に与える影響について論じられました。

 最終日の最後は、デューク大学のMichael Platt先生による、社会的選好に関するレクチャーが行われました。レクチャーでは、まず、他者配慮選考に関してご自身の研究を織り交ぜながら説明されました。Platt先生はサルの神経生理学実験とヒトのfMRI実験の両方から社会性行動にアプローチしており、社会的報酬が線条体内側部の神経細胞が、液体報酬は線条体外側部の神経細胞がエンコードしていることを示されました。

 今回のレクチャーコースでは、他大学の研究者や学生と交流を深める機会に恵まれました。初日には、玉川大学、カリフォルニア工科大学、慶応大学のGCOEメンバーを中心として、レクチャー後にポスター発表が行われました。私自身も発表を行い、貴重な意見をいただくことができました。また、自身の研究に関連するポスターを訪れ、発表者との質疑応答を通して、自身の研究への問題意識を高めることができました。二日目のレクチャー後にはレセプションパーティーが催されました。飲み物を片手に料理を食べながら、雑談や議論を通じて、他大学の研究者や学生と交流を深めることができました。さらに、休憩時間や昼食をともにし、同世代の若手研究者や学生がどのような問題意識を持っているかを聞くことができ、とてもよい経験となりました。

 今回のレクチャーコースを通して、被験者は動物およびヒト、相互作用の対象は環境または他者、解析は行動レベルから神経細胞レベルまで、神経経済学という分野が広範に渡っていることを改めて感じました。意思決定を研究する一学生として、今回のレクチャーコースはとてもエキサイティングなものでした。

 最後に、本レクチャーコースに尽力された関係者皆様に心より感謝申し上げます。

日時 2010年9月8日(水)~2010年9月10日(金)
場所 慶應義塾大学三田校舎 東館6階 G-SEC Lab
報告者 山口 良哉(玉川大学大学院 脳情報研究科 脳情報専攻 博士課程1年)