【レポート】
Human Amygdala in the Social Brain
Ralph Adolphs 氏

グローバルCOE特別講演会
Human Amygdala in the Social Brain

Ralph Adolphs 氏
(California Institute of Technology, U.S.A.)


 本講演では、米国カリフォルニア工科大学のRalph Adolphs教授に扁桃体と社会性についてご講演いただいた。大脳辺縁系の一部である扁桃体は情動反応の処理や情動が関わる記憶や学習に重要な部位であると考えられている。最近の研究ではヒトにおいてこの部位が特定の表情認知や他者との物理的距離感など社会的な文脈において重要な役割を働いていることが明らかになっている。Adolphs教授はヒトの頭蓋内記録、脳機能イメージング、扁桃体特異的に損傷した患者を用いた行動実験などによって、ヒトの社会的な文脈における扁桃体の機能について研究されている。講演では、まず扁桃体の解剖学的構造や他の脳部位との解剖学的および、機能的結合についてお話になられ、その後、Urbach-Wiethe病によって両側の扁桃体が選択的に損傷された患者S.M.に行った実験を中心に、顔の表情認知や、社会的判断、パーソナルスペース、意識との関係を話され、さらに自閉症との関連についても議論された。

 扁桃体の構造については、扁桃体は一様な構造をした核ではなく、少なくとも12個のsub nucleiが存在し、また、前頭前野、体性皮質、海馬、線条体、ホルモン系など多くの部位から入出力を受けており、反射などの低次な処理から、社会的文脈判断まで多くの過程で重要や役割をしていることを示された。また、教授のこれまでの研究の経験から、扁桃体の活動には多くの個人差があることを示された。

 扁桃体損傷患者を用いた研究については、これまでに扁桃体損傷患者は恐怖の表情を正しく認識できないことが明らかとなっているが、AdolphsらはS.M.が顔のどの部分に注目し表情を判断しているのかを調べるために"Babbles" (Gosselin & Schyns, 2001)のテクニックを用いて彼女に表情判断をしてもらった(Adolphs et al., 2005)。その結果S.M.は顔の鼻と口の周辺しか注目しておらず、そのために、恐怖の表情を認識できていないことを明らかにした。Adolphs教授らは、さらにS.M.に出てくる表情の目に着目して表情を判断するように教示したところ、彼女の恐怖の表情認知に関する成績が劇的に回復した。

 次に、講演の少し前にNature Neuroscienceに掲載された扁桃体とパーソナリティスペースの関係についても解説された(Kennedy et al., 2009)。この研究によるとS.Mは.パーソナルスペースが狭く、他者との距離がかなり近くなっても不快感を抱かないこと、さらには、健常被験者を用いた研究で、被験者の近くに他者を立たせただけで、扁桃体の脳血流量が上昇することから、扁桃体が他者との最適な物理的距離を維持することに重要な役割をしていることを示された。このほかにもS.M.がTrust gameにおいても信頼性が低い相手とも取引をすることなど、扁桃体と社会性に関係したAdolphs研究室の最新の内容についても話された。

 最後に、扁桃体損傷患者に見られる表情認知に関連した視線方向の異常や、パーソナリティスペースの異常などにみられる社会性の欠如は自閉症の患者の症状にも似ており、Adolphs教授は扁桃体を始めとした脳損傷と自閉症との関係を研究する必要性を語られ、講演を締めくくられた。

 今回の講演はKennedy et al.の論文がPublishされて間もなかったこともあり、扁桃体と社会性について、また、扁桃体損傷患者の行動の特徴について多くの議論がされた。教授は20年近くの長きに渡って扁桃体損傷患者の行動について研究されており、その患者の行動の特徴や、パーソナリティについてのお話はリアリティがあり非常に勉強になった。

日時 2009(平成21)年9月15日(火)15:00~16:00
場所 玉川大学 研究・管理棟 507教室
報告者 渡邊 言也(玉川大学大学院 工学研究科 脳情報専攻 博士課程後期)