【レポート】
Dynamic Approach to the Pathological Brain
Peter Erdi 氏

グローバルCOE特別講演会
Dynamic Approach to the Pathological Brain

Peter Erdi 氏
(Center for Complex Systems Studies, Kalamazoo College, U.S.A. )


 本講演では、Peter Erdi教授を招待し、「脳の病理学に対する動力学的アプローチ」と題して2日間にわたりご講演頂いた。Peter Erdi教授は現在アメリカ、ミシガン州にあるKalamazoo大学の複雑系研究センターに所属し、同時にハンガリー科学アカデミー分子・原子物理研究所の生物物理研究部長でもあり国際的に著名な複雑系の研究者である。Erdi教授には今回、学習と記憶においてシナプスレベルの修飾がどのようになされるか、そのメカニズムについて統合失調症をテーマに、健常者の脳とfMRI等の実験結果を比較しながらコンピュータシミュレーションによる結果も交え、内容的にも大変興味深い講演をして頂いた。

 神経学的・精神医学的な疾患は動的な病気と考えるべきであり、障害された記憶・学習システムをどのように修復・補償するかが治療戦略として重要である。講演では、解剖学的・機能的・神経科学的―の3段階に分けて説明して頂いた。連合学習のタスクを行っている時、海馬はエンコーディング(学習)に関与し、前頭前野は学習した連合記憶の想起に関わっている。fMRIにより、その時の脳活動を統合失調症患者と健常者の場合に分けて計測したところ、両者の間に特異的な変化が観測された。

 続いて、Erdi教授には、物体と位置の連合性タスクに関する神経機能モデルを用いて、実際の行動に関するデータと脳活動データの関係について、また、異なる脳の領域がどのように強調・競合して、正常または病的な情報処理を行うのか分かりやすく説明して頂いた。このモデルで考慮された脳領域は、網膜、第一次視覚野、上頭頂葉皮質、下側頭皮質、前頭前野、海馬である。また、このモデルの重要な仮定として、前頭前野が学習と想起のプロセスを管理する注意をコントロールする脳部位であるとした。前頭前野にコントロールされて、海馬の神経ネットワークの働きが、学習と想起という2つの極端なモード間を連続的に変化する。また、シナプスは学習中には修正可能で、想起中は固定されることを示された。シミュレーション結果を用いて、学習中の健常者と統合失調症患者のパフォーマンスとfMRI活動パターンの特徴について説明して頂いた。統合失調症は、病態生理学的に非常に複雑で多様な疾患であり、神経接続性の障害とNMDA受容体に関連した障害の2つの特徴がある。近年、行動に関する研究や脳イメージング、脳波に関する研究からのデータが集まり、統合失調症モデルの基礎作りに役立っていると説明された。

 さらに、ガンマリズムと統合失調症とを結びつける研究結果について説明して頂いた。その結果、ガンマリズムやベータリズムにおいて領域特異性のある変化が生じることが明らかとなった。統合失調症患者では、ガンマリズムに関連したワーキングメモリに障害が生じることも分かった。ガンマリズムにおける変化の一因として、グルタミン酸ーNMDA受容体間の相互作用の調節に関係がある。可能性のある薬理療法の一つとして、GABA受容体に作用する薬を用いて、脳波のリズムを復元する方法が挙げられた。シナプス伝達やNMDA受容体、GABA-A受容体に作用する薬の効果を詳細に調べた動力学的モデル用いて、ガンマリズムを生成する抑制性ニューロンネットワークについても調べた。これらのモデルを使ったシミュレーションにより、新しい手法の治療戦略、新薬開発の可能性が開かれるのではないかと説明された。

 さらに、ワーキングメモリのシナプス理論において、カルシウム感受性タンパクによる促進/抑制バランスの調節について調べた。実際の統合失調症患者の前頭前野において、このカルシウム感受性タンパクの増加が見られた。計算モデルからも促進/抑制バランスの障害により記憶能力が低下することが示された。全体を通して、終始、実験結果とそれに対応した計算モデルとの対比があり、普段、生理実験に携わる者として、非常に参考になった。

日時 ① 2008(平成20)年11月4日(火)10:00~12:00
② 2008(平成20)年11月5日(水)17:00~19:00
場所 ① 玉川大学 研究センター棟1Fセミナー室
② 玉川大学 研究・管理棟 507教室
報告者 井出 吉紀(玉川大学脳科学研究所・ GCOE研究員)