ATRの春野雅彦氏は計算論的神経科学の研究者で計算モデルを証明する立場から、機能イメージングの研究に携わって来られた。まず講演の初めに、2000年以前のイメージング研究では、観察したい情報処理を含むテスト条件とコントロール条件の差を見る差分法が主流であったこと、その差分法でうまくタスクをデザインすることに限度があり詳細な情報処理メカニズムを研究対象と出来ないことなどが説明された。そこで春野氏は計算モデルの内部変数を直接MRIの相関解析に用いる手法を考案された。この手法はのちに電気生理の研究者もほぼそのまま用いる様になったとのことだった。
簡単な自己紹介のあと、fMRIを用いた強化学習メカニズムの研究に関して説明された。キューが確率的な報酬をあらわす条件で、適切な行動を学習する行動学習課題に応じて、線条体の中の尾状核の活動は学習中の行動変化と相関することを示された。さらに続く実験では、線条体中の尾状核が、報酬予測誤差に基づく行動変化と関連するのに対して、被核は学習が進行するにつれて、運動に基づく報酬予測を表現するようになることを示された。これは計算論の手法を用いて、ヒトの線条体中の情報処理の違いを示した結果で2005年にJNPで出版されたが、後に2008年になってNature Neuroscienceに発表されたネズミの研究でもほぼ同じ結果が発表されたそうだ。
続いて、エージェントとエージェントがインタラクトする社会的な状況における個人差の背後にある脳内計算機構を調べる研究に話題は移った。囚人のジレンマにおいて、相手の行動を予測して、最適学習を行なえる人々は、基本的な強化学習の神経機構に加えて相手の心を読む上側頭回の活動が活発であることが示された。また、お金の分配に関する個人差について、直感的に相手との公平性を重視する人たちは、認知機能には依存しないボトムアップなプロセスに依存しており、扁桃体が特に重要な働きをすることが示された。
今回の講演から、脳機能イメージングを用いて脳内の情報処理メカニズムを特定できる可能性を感じることが出来た。春野氏は、「今後は、脳内の計算機構と表現を理解し、それらに直接操作、介入を加えることで、計算モデルを信頼性高く証明するとともに、工学的応用についても考えたい」、と将来の展望を述べて講演を締めくくった。
日時 | 2009(平成21)年2月10日(火)14:00~16:00 |
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場所 | 玉川大学 研究・管理棟 507教室 |
報告者 | 高橋 英之(玉川大学脳科学研究所・ GCOE研究員) |