【レポート】 若手の会談話会/2010年6月

『現実認知の神経基盤:fMRIによる脳機能イメージング研究』
蓬田 幸人氏 (東北大学加齢医学研究所・日本学術振興会特別研究員)

本講演では、東北大学加齢医学研究所の学振特別研究員(PD)の蓬田幸人氏に、「想像力」と「エージェンシー」の神経基盤を明らかにするための脳機能イメージング研究についてご講演頂いた。「想像力」は身近な心的機能であり分かりやすい概念である。一方「エージェンシー」は、思考・行動等の自己帰属感のことであるが、必ずしも分かりやすい概念ではない。「想像力」と「エージェンシー」、一見まったく関係のなさそうな二つのテーマがつながっていることを氏は最初に示した。我々の経験している世界は、結局は客観世界とは区別された主観世界であり、この主観世界が脳でどのように生み出されるのか、この極めつけのハードプロブレムに挑む切り口が、純粋に客観世界と切り離された「想像力」である。そして、客観世界と一致した主観世界のことを我々は「現実」と呼ぶが、客観世界には自己の身体そのものも含まれることに氏は着目した。客観世界としての身体と主観世界としての運動の認識との一致が見られたところに生じるのが「エージェンシー」だというわけである。穏やかな風貌と喋りとは裏腹の、鮮烈なイントロダクションであった。

「想像力」の研究として我々がまず最初に思い描くのは、Mental visual imageryの研究である。しかしこのimageryは、あくまで現実に存在するものを想起するところに生じるものであり、本当に純粋な主観世界であるかどうか、疑わしい。そこで彼は、『想像力』の神経科学的なメカニズムを明らかにするため、"mental visual synthesis" と呼ばれる「自分の記憶の中にあるものを組み合わせて、今まで目にしたことのないものを新たに視覚的に想像する能力」の神経基盤を、fMRIを用いて調べた。実験では、被験者に2つの言葉を組み合わせた「すいかテレビ」などの合成語を提示し、新しい物体を想像させ、その際に特異的に賦活する脳領域を特定した。その結果、mental visual synthesis の神経基盤として、左下前頭回および左下側頭葉が同定された。Synthesisは単に、より負荷の大きいimageryなのか、それともさらに別の情報処理プロセスが付け加わった現象なのか、について活発な議論が巻き起こされた。

統合失調症等でエージェンシーが障害されると、自分の考えが他者から頭の中に吹き込まれたように感じる「思考吹入」や、自分の行動が他者に操られているように感じる「させられ体験」が生じるなど、現実の認識が障害される。従来のエージェンシーの神経基盤研究は、被験者が動かす「自分の身体」や「画面上のキャラクター」の動きに対して、「視覚フィードバックの修飾」が加え、人工的にエージェンシーの障害を引き起こした際の脳の反応が計測されてきた。しかし、実験操作によって副次的に生じてしまう「視覚と他の感覚との不一致」や「単純な予測エラー」が、「エージェンシー」の障害自体と区別されてこなかったので、これらを分離するための2つの対照課題を用意し、それぞれに対する脳の反応を区別することで、「エージェンシー」の障害に真に特異的に反応する部位を明らかにした。その結果、右後部頭頂葉、補足運動野、左外側小脳の領域が同定され、これらの脳領域が判別機構として働くことで、「エージェンシー」の神経基盤となっていることが示唆された。「神経現象学」とも言うべき新たな研究分野の幕開けを告げる刺激的な講演に、多くの議論が触発された。

日時 2010年6月23日(水)17時30分~19時00分
場所 玉川大学研究管理棟5階507室
報告者 松元 健二(玉川大学脳科学研究所・准教授)