【レポート】
玉川大学脳科学研究所 脳科学リテラシー部門 第5回研究会
「脳科学と宗教」

   講演1 『宗教的経験という「ナルシシズム」:精神病理学から脳科学へ』
        柳澤田実氏(南山大学人文学部キリスト教学科)

   講演2 『脳と意志 Libet実験をめぐって』
        美馬達哉氏(京都大学大学院医学研究科附属高次脳機能総合研究センター)

   講演3 『意識と世界――唯識思想と認知科学』
        司馬春英氏(大正大学人間学部教育人間学専攻)


 玉川大学脳科学研究所脳科学リテラシー部門第5回研究会は、2009年3月14日(土)午後、3人の講演者を迎えて、収容人員30人ほどのセミナー室で実施された。週末の土曜日にもかかわらず、脳リテラシー部門研究員や研究所所属の研究者のほか、多数の外部参加者があり、盛況であった。

 最初の講演者、柳澤田実氏(南山大学人文学部キリスト教学科)は、「宗教的経験という「ナルシシズム」:利他的行為の動機を問う」という講演タイトルで、認知科学や文化人類学における宗教研究に立脚しながら、(主にキリスト教における)宗教的実践や体験の特徴を議論した。宗教に関する従来の科学研究では、しばしば、宗教は、特殊な能力を持った神秘家による宗教体験に研究対象が絞られ、宗教的神秘体験と様々な精神病理体験との類似性が議論されてきた。しかし、柳澤氏は、宗教的実践の多くは、一般人が持っている認知特性から理解できると主張する。人間は、文化的発達の過程で、自身の知識では説明できない様々な自然現象と直面してきたが、その現象を何とか理解し、対処していくために、実際には存在しない超自然的な行為者の存在を仮定する。宗教的表象は、このような、対象が実在しない表象であり、こうした宗教的表象と日常的な推論システムが組み合わされることで、人間が直面する様々な現象に意義があたえられ、対処可能になるのである。イエスなどの宗教的実践者の行為は極端な利他性によって特徴づけられるが、柳澤氏によれば、このような宗教的利他行為も同じ理論的枠組みで説明可能である。つまり、宗教的利他行動の基にあるのは、身近な人への好意的な行動選択を導く日常的な道徳的直観であり、宗教的実践者においては、その道徳的推論システムが、大きな時間スケールをもつ宗教的表象が結びつくことで、人類普遍的なパースペクティヴをもつ宗教的利他行動が可能になるのである。

 二人目の講演者、美馬達哉氏(京都大学大学院医学研究科附属高次脳機能総合研究センター)は、有名なベンジャミン・リベットによる実験を紹介した後で、自身が現在行っている自由意思をテーマとする脳神経科学実験の詳細を論じた。

 研究会の最後の演者は、大正大学人間学部教育人間学専攻の司馬春英氏であった(講演タイトルは、「意識と世界-唯識思想と認知科学」)。司馬氏は、自身が僧侶であるとともに、20世紀以来ヨーロッパで大きな思想運動となっている現象学の研究者であって、綿密な文献読解に基づき、仏教の唯識思想と、現象学から大きな影響を受けた認知科学者であったフランシス・バレラの認知理論との比較対照をおこなった。

 総括すると、この研究会では、キリスト教と仏教という代表的な宗教と現在の心の科学研究との関連性を検討でき、大変有意義であった。

日時 2009年3月14日13:00~18:40
場所 玉川大学研究・管理棟507教室
報告者 原 塑 (玉川大学脳科学研究所)