【レポート】
日本動物心理学会第156会例会・玉川大学GCOE特別ワークショップ

日本動物心理学会第156会例会・玉川大学GCOE特別ワークショップ
「知能設計における普遍性と局所性~比較認知とロボットからのアプローチ~」


講演
         「3つの時間を生きるチンパンジー:進化、発達、文化」友永雅己氏(京都大学)
        「道具使用の発達的起源をアイ・スクラッチ課題で測れるか?」宮崎美智子(玉川大学)
        「イヌにおける社会的認知能力と異種間絆形成について」永澤美保氏(麻布大学)
        「イルカの社会行動‐ふれあいと同調」酒井麻衣氏(東京大学)
        「群集環境に適応する小鳥の"知性":シジュウカラ科3種の対リスク戦略」川森愛氏(北海道大学)
        「学習と適応に基づく原始的な道具使用のロボットモデル」鍋嶌厚太氏(CYBERDYNE株式会社)
指定討論
        大森隆司(玉川大学)
        酒井裕(玉川大学)
        菊水健史氏(麻布大学)

今回のワークショップでは「知能設計における普遍性と局所性」をテーマに、チンパンジー、ヒト乳児、イヌ、鳥、イルカ、そしてロボット研究という幅広い分野からの研究者の方々にご講演いただいた。本ワークショップの目的は、ヒトを始めとした動物種における普遍的な知性、またそれぞれの種が生存環境の中で独自に発達させた局所的(種特異的)な知性について知ること、さらには、各種動物がみせる多彩な知性をいかにロボット工学に活かし柔軟な知能の設計に役立てるか、を考えることにあった。

講演ではまず、友永先生にチンパンジーの社会的知性、特にその基盤となる視線認識の能力、について発表いただいた。チンパンジーを始めとした霊長類種の社会的知性は近年の比較認知科学でも重要なトピックのひとつである。今回のお話では、チンパンジーの社会的知性が進化や発達の歴史の中でどのように生まれるか、それがヒトとどのように類似(または相違)しているのか、そして、各個体の獲得した知性が彼らの住む環境や集団の中でどのように文化として継承されるかなど、「進化・発達・文化」という3つの時間軸に沿ったダイナミックな視点からお話しいただいた。

宮崎先生には、ヒト乳児を対象とした道具使用における運動主体感(自己身体外の対象に自分自身の運動を帰属する能力)の個体発生についてお話いただいた。道具使用は多くの動物種で見られるが、運動主体感はとくにヒトで顕著な能力であり、高度な社会的知性に関わると考えられている。宮崎先生の研究では、視線を道具として使いモニタ画面を変化させるユニークな課題を開発することで、運動能力が未発達な8ヶ月の乳児における検討を可能にし、この時期の乳児で運動主体感を伴う視線操作が見られることを報告された。 続く永澤先生の発表ではヒトにとって最も身近な生き物・イヌについて、イヌとヒトとの絆形成に関する研究をお話いただいた。イヌとヒトはその長い歴史の中で互いに作用し合いながら関係を構築し、共生してきたが、それを支えるのは他種動物に比べても特異的なイヌの高い社会性・コミュニケーション能力と考えられる。ヒトとの異種間絆形成を可能にするイヌのコミュニケーション能力がどのような生物学的基盤をもつかを明らかにするため、近年、愛情や信頼に関わるホルモンとして研究が進んでいるオキシトシンに焦点を当て、イヌ-ヒト間での視線のやり取りを介した絆形成とオキシトシン分泌との関係など、比較認知的・生物学的なアプローチからの研究についてご報告いただいた。

川森先生の発表では、シジュウカラ類(シジュウカラ、ハシブトガラス、ヤマガラ)を対象とした、食性の種差(前者2種は昆虫食、後者は種子食)と採餌におけるリスク志向・リスク回避傾向との関係に関する研究についてお話いただいた。安定的に餌を得ることは生存の上で重要だが、個体がリスクの少ない確実に手に入る餌を選択しリスクを避ける傾向にあるのであれば、逆に競合の少ない高リスクの餌資源を選択する個体も現れると予想される。川森先生の研究から、本来高いリスクを伴う昆虫食を行う種が採餌においてリスク志向の傾向をみせるのに対し、低リスクの種子食を行う種はリスクを回避する事が示された。つまり、鳥類が食物資源の配分に関する柔軟な適応的行動を示すことが報告された。 酒井先生の発表では、野生のイルカの観察からイルカにおける親和行動についてお話いただいた。例えば、ラビング(胸ビレを用いたグルーミング)が母子ペアや同年齢のペアにおいて起こりやすいこと、またラビングする個体は左胸ビレを用いる傾向にあり、ラビングを受ける側も相手に合わせた位置の選択を行うことから他者認識において左側優位性がある可能性、また並泳時に起きる個体間の同調的な呼吸行動などが報告され、個体どうしの社会的親和行動やその特徴からイルカの社会関係を垣間見ることができた。

最後に鍋嶌先生の発表では、実際の動物行動との比較を通じてロボットによる道具使用の機能の理解を目指すという視点から、ロボットにおける適応的な道具使用の学習についての研究をお話いただいた。道具使用達成に必要とされる機能は、新奇な物体の認識、それを把持し、使用する機能の3ステップに分けることができる。鍋嶌先生の研究では、ロボットがこの3ステップを構成する下位機能を利用して、身体に外的に付与された物体に限らず、その場にある物体を主体的に利用した道具使用を学習することが報告された。

以上の研究から、陸・海・空という異なる環境に生きる多種動物そしてロボットの知性について多くの興味深い知見を提供いただいた。それを受け、指定討論では、「コンピューターで実現できない動物の知性とは何か」、「種間比較から見えてくるもの」などの質問について活発な議論が行われた。今回のワークショップは、環境の中でそれぞれが優れた知性を生み出し生きる動物の姿を知るだけではなく、発達や進化の時間の中で、時には種を超えてつながっていく普遍的な知性のあり方を考え、それを私たち人間がどのように伝え、活かしていくかを改めて考える機会になったと感じた。

日時 2011年10月13日(木)
場所 玉川大学 大学研究室棟 B104会議室
報告者 村井千寿子(玉川大学脳科学研究所)