リトリートとは、日頃の環境を離れて、研究成果や新しい研究アイデア交流などを研究所の皆で計るとともに、脳情報研究科・工学研究科脳情報専攻の大学院生のキャリアパスを考える機会として、本年度から開催する合宿形式の研究会です。
第1回目の今回は、神経科学・社会心理などの分野で国内外で活躍されているPI、PDの先生方を外部講師としてお招きし、ご講演いただきました。
招待講演者(敬称略):
森島 陽介 (University of Zurich)
内田 直滋 (Harvard University)
藤山 文乃 (京都大学→同志社大学)
潘 曉川 (玉川大学→華東理工大学)
高橋 泰城 (北海道大学)
森村 哲朗 (OIST→ IBM東京基礎研究所)
岡本 洋 (富士ゼロックス)
オーガナイザー:鮫島 和行・松田 哲也(玉川大学脳科学研究所)
第1回脳科学研究所リトリートは、箱根の湯本富士屋ホテルで2月21日から2月23日までの3日間で実施された。このリトリートは、今までに開催されているような講演による最新の研究発表のみならず、大学院生や若手ポスドクがキャリアパスを考えていく上でとても重要となる貴重なお話もあり、充実した内容のプログラムで構成されていた。
1日目と3日目は神経科学・社会心理などの分野で活躍される先生方の研究内容や、どのような経路をたどって現在のポジションに就かれたかのお話しがあった。なかなか普段聞くことは少ないが研究者として確立していく上で大変に参考となる情報で、どのようなポジションだと獲得しやすいかなどの体験された方ならではの貴重なお話が多く聞けた。さらに、大学院生としては普段接することの少ない企業研究者による企業内での位置づけのお話も興味深く感じた。同じ研究者であっても、結果を何に結びつけるか(企業であれば2年程度先にその企業の利益となっているような研究)によって、研究過程の評価に違いがあることを知った。私は民間企業で勤務をした経験があることから、子会社の研究所に所属する研究者との接点がなかったわけではないが、接点の少ない大学院生にとっては将来の方向性を決めるひとつの材料になったと思われる。「研究者」というひとつの職業に対しても、幅広い視野をもって情報を入手し選択肢を広げることは、将来の可能性を広げていると言える。
また、2日目には大学院生、ポスドクによる研究成果の発表があった。普段学内で顔を会わせていてもお互いどのような研究をしているのかよく知らなかったが、リトリートによって知ることができ参考となることが多かった。自分自身の発表に対するアドバイス・コメントだけではなく、他者の発表やコメントを聞くことは、自分自身の研究を進めていく上のモチベーションにもつながった。普段実験をしていると順調に進まないことも多々ありそのような時はモチベーションが続きにくくなるが、今回のようなリトリートが定期的に開催されることで目先の目標に対するよい刺激となり、次の実験へのやる気にもつながると思われる。このように一つ一つを着実に進めることが、研究成果を出すためには重要なことだと考えられる。
私は博士課程の3年間を通じ、研究者は民間企業で働く人と比べ幅広い分野の人とのつながりを大切にする世界であると感じてきた。今回のように3日間をともにするとコミュニケーションも図りやすくなり、今後の研究においてお互いにサポートし合えることが考えられる。私は現在3年生だが、早い時期にリトリートのような機会があったらよい刺激を早めに受けることができ、将来の選択肢としての情報収集にも役立ったかもしれない。今後このようなリトリートが継続して行われることが望まれる。
報告者 | 杉﨑えり子(玉川大学大学院脳情報研究科・博士課程後期) |
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2012年2月21日から23日の3日間、箱根湯本にある湯本富士屋ホテルにて第1回玉川大学脳科学研究所リトリートが開催されました。本リトリートには玉川大学大学院脳情報研究科および工学研究科脳情報専攻の研究室のメンバーが一同に会し、さらに国内外で活躍される先生方が外部講師として招待されました。リトリートとは、日頃の研究環境を離れて研究成果を発表するとともに、参加者の交流を図る合宿形式の勉強会のことです。開会式にて坂上雅道先生より本リトリートの目的が「研究交流」、「学生へのアドバイス」、「FDの向上」の3つであることが語られ、本リトリートが開催されました。
初日と最終日午後には8名の外部講師の方々の講演が行われました。どの方もご自身の研究を紹介してくださるとともに、キャリアパスや研究姿勢、研究環境について語ってくださいました。
ハーバード大学の内田直滋先生は「Connectome, inputome, outputome, and circuit physiology of the brain: beyond stamp collecting」というタイトルで講演されました。講演は神経科学の方向性の話から始まり、単一神経細胞記録の成果と限界や神経細胞の結合関係を網羅的に調べるコネクトームの有用性などをお話しくださいました。続いて、ご自身のサルを用いた研究を紹介してくださり、GABA作動性ニューロンが報酬期待を表現していて、ドーパミンニューロンの報酬予測誤差信号の形成に使われていることを示唆されました。Circuit Physiologyを志向し、神経細胞の活動を光で操作するオプトジェネティックスの手法を用いて、ドーパミンニューロンが報酬予測誤差を表現しているとする仮説に対して、その表現がどのような神経回路で実現しているのかという問題に真っ向から取り組んだ内田先生に、静かな闘志を感じました。また、内田先生がアメリカで研究活動を行っていることもあり、研究職へのapplyなどに見られる日本とアメリカの研究システムや文化の違いを聞くことができました。
京都大学の藤山文乃先生の講演タイトルは「基底核、女性研究者、脳科学研究科のことなど」で、前半は現在研究している大脳基底核に興味を持ったきっかけやその後研究者の道を歩むことになった経緯などをお話しくださいました。後半はご自身の研究を紹介してくださり、ラットの視床-線条体投射のうち、視床、特に束傍核からは線条体のマトリックスに多く投射しているといった研究成果を聞くことができました。大脳基底核一筋に研究を続け、大脳基底核の神経回路網の解明を目指した一つ一つの丁寧な仕事ぶり、女性研究者として子育てと研究活動の両立に奮闘する姿には頭が下がる思いでした。
華東理工大学の潘曉川先生は「Different roles of prefrontal cortex and striatum in reward inference」というタイトルで講演されました。潘先生が中国で研究活動をしていることもあり、講演のはじめに中国の研究所についての紹介がありました。続いて、ご自身の推論の研究を紹介してくださいました。実験では、まずサルに視覚刺激A、B、Cに対して「A→B」、「B→C」という連合を訓練し、続いて「A→B→C」と連続して提示する課題と「C→報酬」という教示試行を用いています。行動解析の結果から、サルが直接には報酬の経験のない視覚刺激から報酬を予測していることを示唆されました。さらに課題遂行中のサルからの単一細胞記録を行い、その結果から報酬の推論における外側前頭前皮質と線条体の役割が異なることを示唆されました。推論を「過去の経験によって形成された連合間の統合によるもの」と捉え、その神経メカニズムの解明を目指した潘先生の研究に脳の高次機能研究の一つの方法を見ることができました。
チューリッヒ大学の森島陽介先生は「利他的行動の神経メカニズム」というタイトルで講演されました。はじめに利他性の説明があり、利他性は個人差が大きく、どのように取り扱うかが問題であること、また測定方法やモデル選択の問題もあることをお話しくださいました。続いて、利他性の安定性が脳の構造によるということを示唆されたご自身の研究を紹介してくださいました。独裁者ゲーム実験のデータから不平等回避モデルの利得に関するパラメータを被験者ごとに推定し、さらにMRIデータから側頭・頭頂連結部の灰白質の量が有意に効いていることを示唆された研究成果を聞くことができました。解剖学的構造と行動の因果関係を明らかにしようとする森島先生の研究は脳の構造と機能について考えさせられるものでした。後半はご自身のキャリアパスを話してくださり、さらに森島先生がドイツで研究活動を行っていることもあり、ヨーロッパの研究状勢について聞くことができました。
チューリッヒ大学の森島陽介先生は「利他的行動の神経メカニズム」というタイトルで講演されました。はじめに利他性の説明があり、利他性は個人差が大きく、どのように取り扱うかが問題であること、また測定方法やモデル選択の問題もあることをお話しくださいました。続いて、利他性の安定性が脳の構造によるということを示唆されたご自身の研究を紹介してくださいました。独裁者ゲーム実験のデータから不平等回避モデルの利得に関するパラメータを被験者ごとに推定し、さらにMRIデータから側頭・頭頂連結部の灰白質の量が有意に効いていることを示唆された研究成果を聞くことができました。解剖学的構造と行動の因果関係を明らかにしようとする森島先生の研究は脳の構造と機能について考えさせられるものでした。後半はご自身のキャリアパスを話してくださり、さらに森島先生がドイツで研究活動を行っていることもあり、ヨーロッパの研究状勢について聞くことができました。
日本IBMの森村哲郎先生は「企業での研究や機械学習の産業応用、強化学習について」というタイトルで講演されました。森村先生は企業研究員ということもあり、大学と企業での研究の違いについて語ってくださいました。共通していることはステークホルダー(利害関係のある者)を納得させること、違いは企業での研究ではビジネス、特に特許取得が優先されることなど、企業では研究をビジネスにつなげることを想定するのが重要であることを聞くことができました。さらに日本IBMが求める人材として「新しい問題を定義する力」、「価値のある出力を出す力」といったことを挙げられました。また、産業への応用として、異常検出の方法に検出された変化がどの変数からどの程度寄与しているかを推定する、スパース構造学習を用いた研究についてご紹介くださいました。森村先生の話は大学で研究活動に従事する者として、企業の研究環境がどうなっているのか、研究をビジネスにどうつなげるかを知る、よい機会となりました。
富士ゼロックスの岡本洋先生は「脳科学を学ぶ若い研究者の皆さんへ: 企業で研究を続けるという生き方について」というタイトルで講演されました。前半は企業での研究管理のあり方についてお話しくださいました。従来の研究管理は研究から開発、製造、販売まで段階的に行われるリニアモデルであるのに対して、研究者のシーズから消費者のニーズに注目し、研究段階から開発、製造、販売までラウンドテーブルで行う方法があり、例として富士ゼロックスの研究管理のあり方がプロダクトアウトからマーケットインへシフトしていることを聞くことができました。後半は人工ニューラルネットワークモデルを用いて関連特許郡の構造を可視化した、ご自身の研究を紹介してくださいました。企業での研究には拘束条件があり、その中でご自身の研究スタンスを通して研究に取り組む岡本先生の研究姿勢に企業研究者の生き方を見ることができました。
北海道大学の高橋泰城先生は「行動神経経済学の将来---時間割引などの研究を例として」というタイトルで講演されました。講演ではまず、時間割引の研究の歴史的経緯を話されました。合理的行動を前提とする経済学では指数割引が用いられてきたのに対して、行動経済学では時間割引は双曲割引であるとし、双曲割引を用いると先に得られる小さい報酬とそれより後に得られる大きい報酬のいずれかを選択する際にみられる、選好逆転と呼ばれる非合理行動が説明できます。続いて、高橋先生が提唱されている、ヒトの時間知覚がウェーバー・フェヒナーの法則に従ってphysical timeからpsychological timeへと対数変換されていることについてお話しくださいました。さらに、意思決定における神経ホルモンの影響に関して、高橋先生が研究している薬物依存と時間割引の関連について紹介してくださり、ニコチン摂取量が多い被験者の時間割引が大きくなることやアルコール症患者が2ヶ月ほど断酒すると割引率に低下がみられるといった、研究成果を聞くことができました。講演の最後の方でブラッグの戒律の紹介があり、戒律の1つに「理論屋(スノッブ)の軽侮を恐るることなかれ」があります。理論研究をする者として、実験研究を軽侮するのではなく、建設的に批判することを心がけようと思いました。
北海道大学の山岸俊男先生は「ゲーム実験と社会的選好」というテーマで講演されました。はじめに、自己利益を追求する個人が集まる社会において社会秩序が可能か、というホッブス問題があり、さらに社会制度の設計においてその問題を前提とする新古典派理論に対して、ホッブス問題は存在しないとする社会選好の理論があるということを紹介されました。続いて、社会制度の設計に社会的選好を組み入れるべきかということを定量的データに基づいて検討するために、山岸先生が精力的に行っている、囚人のジレンマに代表される種々のゲーム実験の結果を見せてくださいました。社会科学に自然科学的方法を取り入れ、さらに実社会の問題に取り組もうとされる山岸先生の話はとても興味深いものでした。
講演終了後に「玉川大学脳科学研究所の過去・現在・未来」というタイトルで、ATRの外山敬介先生と玉川大学の塚田稔先生がお話しくださいました。外山先生は玉川大学脳科学研究所創設までの歴史とすばらしい研究と何かについてお話しくださいました。すばらしい研究とはoriginalityとimpactがある研究のことで、originalityとは常識を覆す意外性のあるものという話が強く印象に残り、自分自身の今後の研究にもoriginalityを求めていかなければならないと身が引き締まる思いでした。塚田先生は芸術と脳についてお話しくださり、最後は塚田先生ご自身が描かれたすばらしい絵画の数々を見ることができました。 2日目と最終日午前には大学院生とポストドクター計31名の研究発表が行われ、1人15分で口頭発表と質疑応答をしました。鋭い質問や厳しい批判などにさらされるのはその場ではきついですが、プレゼンテーションスキルの向上や今後の研究を豊かにするためには必要なことであると思います。また、セッションごとの座長は大学院生が勤め、よい経験になったと思います。2日目の夜にはポスターセッションも行われ、15分の発表時間では伝えきれなかった研究の詳細を話す機会が設けられていました。研究発表への緊張もなくなり、気楽な話や熱い議論をすることができたと思います。そして閉会式では、脳科学研究所所長の木村實先生から優秀賞・奨励賞・特別賞が研究発表者の中から各1名に送られました。
本リトリートは外部講師の先生方の最新の研究成果や国内外での研究活動、企業の研究環境について聞くことができ、とても有意義なものでした。さらに研究の話だけではなく、これまで歩んできた研究者人生の中で、何を思い、何を考え、何に悩み、どのような決断をして困難を乗り越えてきたか、という体験談を聞けたことは励まされるとともに勇気が湧いてくるものでした。また、口頭発表およびポスター発表を通して、普段はお互いにどのような研究をしているかを知らない、"近いようで遠い"他の研究室の大学院生やポストドクターの研究を知るとともに、交流を深めるきっかけとなった点で本リトリートは意義深いものだったと思います。私にとってこの3日間はとてもエキサイティングであるとともに、研究へのモチベーションが高まるものでした。
最後になりましたが、本リトリートのオーガナイザーであられる鮫島和行先生と松田哲也先生をはじめとする脳科学研究所の先生方、スタッフの皆様に厚く御礼を申し上げます。
報告者 | 山口良哉(玉川大学大学院 脳情報研究科 博士課程後期) |
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